大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和32年(あ)2774号 決定 1958年5月01日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岸本静雄の上告趣意第一点は、単なる法令違反、事実誤認、同第二点は、量刑不当の主張を出でないものであって、いずれも、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。そして、原判決が同判示のごとき理由から、本件につき横領罪の成立を認めた第一審判決を是認したのも正当である。また、記録を調べても、本件につき、同四一一条一号ないし三号を適用すべきものとは認められない。

よって同四一四条、三八六条一項三号により主文のとおり決定する。

右は裁判官下飯坂潤夫を除くその余の裁判官一致の意見によるものである。

裁判官下飯坂潤夫の意見は左のとおりである。

債権譲渡の通知をしていない債権の譲渡人が債務者から右債権の弁済としての金銭を受領したときは弁済は有効であり該金銭の所有権は譲渡人に帰するものと解するを相当とする。従って、右譲渡人が該金銭を自己の為めに費消したときは譲受人に対する関係で背任罪を構成するのは格別として横領罪は成立しないものと解する。しかるに原判決は岡山足袋工業株式会社の代表取締役であった被告人は右会社が兵庫県足袋株式会社に有していた債権を判示組合に譲渡しながら、これが通知をしない間に判示金員の弁済を受け、これを自己又は自己が代表取締役をしていた前記会社の為め擅に費消したというのであるから自己の為めに費消した部分について右同会社に対する関係で横領罪の成立する場合あるは別論として、特に右組合により債権の取立を委任されていたというが如き特段の事情なき限り、同組合に対する関係において横領罪を構成するの余地はないものと云わざるを得ない。しからば原判決が叙上の点について思を致すことなく、ただまん然と横領罪の成立を肯定したのは到底審理不尽の誹を免れないものであって、この訴訟法違背は直ちに判決に影響し、しかも原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるが故に、刑訴四一一条、四一三条本文により、原判決はこれを破棄し、原審をして更に審理を尽くさせる為め、本件はこれを原裁判所に差戻すを相当と考える。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例